木の実ナナが更年期のうつ病を克服したきっかけは?結婚は?梅澤富美男と?現在は?

今回は女優や歌手として活躍されている木の実ナナさんについて調べていきたいと思います。

木の実ナナプロフィール

名前:木の実 ナナ(きのみ なな)
本名:池田 鞠子(いけだ まりこ)
生年月日:1946年7月11日(70歳)
出身地:東京都
身長:160cm
血液型:B型
所属:ダンカンミュージック

日本人離れした顔立ちが特徴の木の実ナナさんなのでハーフなのかと思いましたが両親は日本人です、
トランペット演者の父と、踊り子の母のもとに育ちました。

木の実ナナさんにはが一人いて本名池田味摩子といい、
木の実まこ」という芸名芸能活動されていたそうです。

1980年には姉の木の実ナナさんとライオンの生理用品のコマーシャルで共演もしたそうです。

「木の実まこ」さんですが現在は引退しています。

木の実ナナさんは生まれつき身体が弱く、3歳まで歩けなかったそうで、身体を鍛えるために5歳からバレーを始めダンサーに憧れるようになりました。

幼少期は、彫りの深い独特の顔立ちからハーフに間違えられ、同級生に傘で顔に傷をつけられ苛められたそうです。

 

中3の時に渡辺プロの新人オーディションで優勝したことで芸能界に入ります。

 

父親には猛反対されています。それでしっかり説得されました。

 

この当時には初期のザ・ドリフターズの専属歌手もやってたそうです。

「東京キカンボ娘」がデビュー曲です。

 

この時に「木の実ナナ」という芸名がつけられました。

1967年に「ミニ・ミニ・ロック」がヒットし人気が出ましたがその後はヒット曲に恵まれず低迷期を過ごすこととなり、
本場のショービジネスを学ぶため、1970年にはアメリカにも行っています。

日本に帰国後に劇団四季ミュージカルアプローズ」に出演しそこでヒットします。

 

このことで舞台女優としての地位を確立し、その後はたくさんのミュージカルに出演することになります。

 

細川俊之さんとの二人芝居「ショーガール」が大ヒットしたことは有名で、いくつかの賞も受賞しています。

 

その後はバラエティ番組でコントをやったりとか五木ひろしさんとデュエットした「居酒屋」が大ヒットしたこともあります。

 

2015年には舞台「南阿佐ヶ谷の母」の公演終了後に左大腿骨を骨折し、その後の公演では車いすで出演したことがニュースになっていました。

 

木の実ナナさんと梅澤富美男の関係は?

「爆報!THE フライデー」では、

梅沢富美男さんとの熱愛関係の噂が出ています。

当時、妻子持ちであった梅沢さんが

本気で惚れ込んだ相手が、

木の実ナナさんでした。

 

1982年のドラマ

寂しいのはお前だけじゃない」で

共演したことがきっかけで

恋に落ちてしまったとか。

 

その後、梅沢さんは自分の思いを伝えるため

木の実ナナさんをバーに誘い

バーで2人で楽しんでいたところに

当時、2人とも出演していた

ドラマの監督に遭遇し、

断れず泣く泣く3人で共に時を

過ごしたようです。

 

結局、梅沢さんは思いを

伝えることができず

それ以上、発展することは

無かったようです・・

 

今になって

その時の思いを木の実ナナさんに

尋ねたところ

当時、木の実ナナさんも

梅沢さんに惚れていたそうです。

 

ということは、

両想いだったようです。

ということは30年前梅沢さんが想いを伝えていれば2人の現在はどうなっていたのでしょうか…

結婚は?

木の実ナナさんは71歳(2017年現在)です。

71歳には見えない容姿とパワフルな印象を受けます。

結婚していればお孫さんがいてもおかしくない年ですよね、
そんな木の実ナナさんが結婚されているのか調べてみると
バツもついていない生粋の独身でした。

結婚できない理由があるのか調べてみると…

今日まで多くの恋愛、結婚を考えるほどの

大恋愛をしていましたが、

結婚できなかった理由があったとか。

 

それは、父の存在でした。

 

木の実ナナさんは

自分の稼いだお金で家族を養っていたそうです。

そのため、結婚してしまうと

家族を養ってくれる人がいなくなると

父に結婚を反対されていたそうです。

木の実ナナさんが結婚を諦めざるおえないとてもかなしい理由があったということですね…

更年期うつ病を患っていた?

木の実ナナさんは歌、ミュージカル、ドラマと幅広い活動をされて順風満帆な芸能活動を送っていたようですが、1992年に事件が起こります。

いつも違う目覚めをした木の実ナナは、ある異変に気付く。
毎日を新鮮な気持ちで芸能生活を送っていた木の実ナナだったが、突然、目覚めが悪く、憂鬱で気持ちがまったく入らない状態だった。

毎日、元気を周りの人に振りまいていたのに、嫌なことばかり思い出してしまうようになったという。 誰かが困っていると「元気出して」声をかけずにいられなかった木の実ナナが、元気のない人を見るだけでイライラしてしまう。そして、誰かがそばにいるだけで「なんでここにいるの」と怒鳴ってしまうこともあった。

そのうち身体にも症状が出てきて、動機が激しくなり、のぼせたり汗を大量にかくようになってしまいました。

体調不良の原因がわからず病院に行くと、異常がないためか自律神経失調症と診断され、薬を服用したものの、副作用なのか食欲も減退していきます。

 

好きなお酒も飲めなくなったこともあり、全てが嫌になっていったそうです。

 

作り笑いをしなくてはいけなくなり、ストレスも溜まっていきます。

 

大好きなお母さんの存在さえも重荷になってしまうほどに症状は悪化していきました。

そんな状態が1,2年も続いていたそうです。

更年期障害は性格など関係なく誰でも起こりうる可能性があるということですものね…

なにかのきっかけでいきなりうつ病の症状がでておかしくなってしまうって考えただけでも恐ろしいです。

これまで積み上げ来たものが一気に崩れ落ちてしまいそうな怖さを感じます。

うつ病だと気づいき克服できたきっかけは?

ある日、木の実ナナは自身が若年性更年期のうつ病だったことに気づくことになる。それはファンからの1通の手紙。一冊の本とファンの方の名刺が届けられたそうだ。

 

その中には心療内科医と名乗るファンの方の名刺と更年期に関する本。そのファンである心療内科医は、木の実ナナの異変に気づき、診療を受けてみてはどうか、とアドバイスしてくれたのだった。

 

木の実ナナは、イライラの原因が病気だとそこで初めて知らされ、すぐさま医者に診てもらうと「若年性更年期」うつ病と診断される。木の実ナナは「自身が病気だったんだ」と逆に安心して、治療をうけることにしたそうだ。

 

木の実ナナさんは、隠さずに周りに打ち明け適切なサポートしてもらうことで、克服していくことができました。

 

まわりの人に理解してもらって、支えてもらいながら治療していくことはとても大切なこととなるということですよね。

その後、自分が鬱だったことを告白し、自分のように苦しむ人が早く本当の病気に気づくきっかけになればと、新聞広告に『私は、バリバリの「鬱」です』というキャッチコピーで登場し、話題になりました。

 

それは、うつ病を克服することは可能だから死んでは行けない。元気が売りで実際そうだったこの私でさえもうつ病になるほど、誰にでもうつになる可能性があるんだ、というメッセージを伝えるためです。

木の実ナナさんはうつ病を克服するには一人で抱え込まず誰かに相談することが大切だといいます。

実際に病気を経験した方の言葉には説得力を感じます。

自分がうつ病の症状に当てはまったら恥ずかしがらずに、家族や心療内科にでも悩みを打ち解けることから克服できるのですね。

現在は?

2015年には転んで、左大腿(だいたい)骨骨折をして骨折から10日後の舞台に車椅子で復帰したことで話題になりました。

舞台は車いすで出演できるように演出を一部変更して行ったようです。

この時69歳…凄すぎです。

2017年には「徹子の部屋」にも出演し、10代の頃と変わらない美脚が注目されました。

同じく2017年木の実ナナさんのデビュー55周年コンサートを行ったことにも注目されました。

70歳をという年齢を感じさせない歌や演技にダンスと精力的に活動されている木の実ナナさん、今後も観る人に元気を届けていってほしいですね。

スポンサードリンク



コメントを残す




CAPTCHA