星野源は過去にくも膜下出血やパニック障害、モニカ病に苦しんでいた。現在は?彼女はいる?

今回は星野源さんについて調べていきたいと思います。

星野源プロフィール

本名        星野源

生年月日      1981年1月28日

出身地       埼玉県蕨市

血液型       AB型

身長        168cm

学歴        川口市立前川小学校→自由の森学園中・高校卒業

星野源さんは埼玉県の田舎町で育ち、

幼い頃にテレビでマイケルジャクソンを見て、影響を受け歌手や俳優を目指すきっかけになったようです。

中学校に入り早速、演劇活動と音楽活動を同時にスタート。

歌手としての活動

その後、星野源が二十歳の頃に自分のバンドを作りたくて高校時代の仲間に声をかけ2000年にインストゥルメンタルバンド「SAKEROCK」を結成。

インストゥルメンタルというのは主に器楽曲中心で基本的には人の声は一切用いないというスタンスです。SAKEROCKでは星野源がギター&マリンバ、伊藤大地がドラム、浜野謙太がトロンボーンを担当していますが、トロンボーンを主要楽器に用いるバンドというのも珍しいですよね。

バンド活動の傍ら2010年6月にアルバム『ばかのうた』でソロ・デビュー。

2ndアルバム『エピソード』は第4回CDショップ大賞準大賞を受賞するなど高く評価される。

新垣結衣さん主演の火曜ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」に出演し、2016年10月5日に発売されたエンディング曲「恋」が大ヒットし、「恋ダンス」が大きな話題となりました。

ガッキーのキュートなダンスにお茶の間は悶絶。エンディング終了後は、トレンドに「ガッキー」のワードと共に「恋ダンス」も急上昇。

 

俳優としての活動

俳優としては、松尾スズキ主宰の大人計画に所属し、映画やドラマ、バラエティ、舞台などマルチに活躍。

星野源さんの主な出演作品がこちらです。

映画
『箱入り息子の恋』
『地獄でなぜ悪い』

テレビドラマ
『タイガー&ドラゴン』
『アキハバラ@DEEP』
『去年ルノアールで』
『ゲゲゲの女房』
『11人もいる!』
『コウノドリ』
『逃げるは恥だが役に立つ』

バラエティ
『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』

出典:星野源 – Wikipedia

星野源さんは最近名前が売れ始たように思われがちですが、実は初出演は2003年に大ヒットしたドラマ「WATER BOYS」でした!

こちらの画像の一番前の坊主頭星野源さんです。

坊主に眼鏡と今の雰囲気とはだいぶかけ離れていましたが、しっかり星野源さんらしくギターをかき鳴らすシーンもあります。

マルチに才能を発揮し活躍している星野源さんですが、これまで数々の困難を乗り越えて現在も活躍しているのです。

星野源が患っていたパニック障害

情熱大陸で語られたのですが、デビュー前に星野源さんはパニック障害を患っていたそうです。

小学校時代にいじめにあっていた星野源さん。それが原因でパニック障害を発症し、精神安定剤を服用していた時期がありました。

クラスの人気者だったようなイメージを勝手に想像していましたが、精神的に追い詰められ辛い経験をしていたのですね。

高校生になっても症状は改善されず、不安神経症にまで症状が進行し、遂には家から外に出ることもできなくなってしまったそう。

立ち直るきっかけとなったのは、植木等さん率いるクレイジーキャッツの名曲「だまって俺についてこい」だった、と語っていました。

星野源さん、35歳のはずですが随分古い歌を聞いていたんですね。白黒テレビ時代の歌が時を超えて星野源さんを救うことになるとは植木等さんも思わなかったことでしょう。

自分にとって「そのうちなんとかなるだろう」ってあの歌詞は「命綱みたいなものだった」とも語っています。

星野源さんはミュージシャンになってからは、その時の思いを振り返って、自分の音楽を通しても同じことができたらと願っているそうです。

現在はパニック障害を克服しているそうです。

モニカ病とは?

こちらは、「笑っていいとも」出演時に語っていたことですが、❝モニカ病❞という病気にも悩まされていたことを告白しています。

モニカ病とは聞きなれない名前ですよね。実はこの病名は星野源さんが名付けた病名であって正式名称ではありません。

どんな症状かというと、肛門のすぐ上あたりに突然前触れもなく激痛が走るそうです。聞いただけで悶絶しそうな病気ですね…。

なぜ「モニカ病」なのかというと、その時の痛みで吉川晃司さんの「モニカ」のダンスのような動きになってしまうからこのように命名したそうです。

確かに痛そうにしていますね。

その話をしたのは笑っていいともの時だけらしいので、現在は完治しているかもしれません。

くも膜下出血が発覚し入院

SAKEROCKのバンド活動や、ソロ活動、俳優としてコツコツと下積み時代を経験し徐々に頭角を現しつつあった星野源さん。

そんな星野源さんを突如くも膜下出血という病気が襲います。

くも膜下出血という病気が発症したのは2012年12月16日のことでした。この日、後頭部にずーんとした痛みを覚えながらも解熱剤と湿布でごまかしながら新曲のレコーディングを行っていた星野源さん。この時既に、くも膜下出血の症状は出ていました。

 

レコーディングを録り終えて完成した直後、星野源さんがスタッフ皆で拍手をしていると、急に目の前がぐにゃっと曲がったみたいなおかしな感覚になったそうです。星野源さんは、バットで頭を殴られたような痛みとともに、立っていられなくなりました。この時、くも膜下出血の病気は悪化していたのでした。

 

今にも卒倒せんばかりの強烈な頭痛に襲われた(これが典型的なくも膜下出血の症状です)星野源さん。尋常ではないくも膜下出血の症状に星野源さんは自分の病気に危険感を感じました。星野源さんはすぐさま救急搬送され、緊急手術を受けることとなったのすが、前兆を見逃したせいか病状は深刻で医師にも「後遺症の可能性も含め、全快の可能性は低い」と星野源さんは言われるほどだったそうです。

 

そして、入院することになり、星野源さんの芸能活動は休止を余儀なくされてしまいました。40代、50代で発症しやすい病気のくも膜下出血ですが、星野源さんは30代でくも膜下出血を発症してしまいました。くも膜下出血は、頭部を殴られたような痛みがするだけでなく、命の危険がある病気なのです。

手術後星野源さんを襲ったのが生きるための苦しみ

食べ物はもちろん水も飲めず、「爆発的な」頭の痛みだけが、ただただ続く。動けないストレスからか、神経が過敏になり、ほかの患者の息遣いや機械の音が気になって眠ることもできない。「24時間、不眠不休で痛みと神経過敏に耐え続ける。それが三日間続いた」

と経験した人にしかわからないような壮絶な日々を送っていたそうです。

 

しかし星野源さんはこの経験すらプラスに捉え

「生きるということ自体が、苦痛と苦悩にまみれたけもの道を、強制的に歩く行為なのだ。だから死は、一生懸命に生きた人に与えられるご褒美なんじゃないか」

と痛みに耐え、病気を克服していきました。

自分が不利な状況に立たされた時にそのような発想に至る精神力や考え方を見習いたいです。

治療の甲斐があり2013年に復帰を果たすまで回復したのですが、定期検査で経過が思わしくないと診断されてしまい再び
入院&再手術することになってしまいました。

術後の心配をされた星野源さんですが、後遺症などもなく現在まで活躍されています。

彼女は?

星野源さんは歌手のaikoさんと2011年に交際報道があり半同棲状態だったそうです。

2012年に星野源さんがくも膜下出血で闘病生活を送っていた時支えていたのが彼女であったaikoさんだと言われています。

星野源さんの入院先の病院に通う、aikoさんが度々目撃されていたそうです。

しかしその後、二人は破局…

その後、二階堂ふみさんとの噂がありました。

ですが、その後2017年3月「メンズノンノ」の元モデル
米倉強太さんと事務所公認の半同棲状態という熱愛報道があったので、過去に交際はあったかもしれませんが現在二人の交際はないと思われます。

そして、2016年大ヒットしたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で共演した新垣結衣さんと噂にもなりました。

逃げ恥のロケでも二人は恋人のような雰囲気だったといわれていました。

しかし、交際しているという噂だけで情報がないので実際のところわかっていません。

aikoさんと復縁などの噂もあったりするので気になるところです、今後彼女の情報などが入ってきたら追記していきます!

俳優や歌手としてマルチな活動をしている星野源さんの今後の活躍にも期待ですね!

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