宮川大輔さん、感染症で芸能界引退?嫁や子供は?

今回は宮川大輔さんについて調べていきたいと思います。

宮川大輔プロフィール

名前   宮川大輔
生年月日 1972年9月16日
身長   172cm
出身   京都府京都市
所属   よしもとクリエイティブ・エージェンシー

 

宮川大輔さんは京都府京都市生まれ

小学2年からは滋賀県大津市で育ったそうです。
宮川大輔さんは高校3年生の時に、父親の同級生の当時、関西テレビのアナウンサーの桑原征平さんの紹介で、同期から2ヶ月遅れてNSC大阪校に入学。

 

宮川大輔さんは元々は俳優志望で、NSCには俳優のコースもあると聞いて入学したそうですが、実際に入学してみると、宮川大輔さん以外の生徒は全員がお笑い芸人志望だったため、お笑いをやることになったそうです。

 

宮川大輔さんの同期の芸人は、ナインティナインやよゐこ。

 

1991年3月、宮川大輔さんが19歳の時、チュパチャップスを結成。

相方は同期の芸人の星田英利(ほっしゃん)さん

 

当時は星田英利がボケで、宮川大輔さんがツッコミをしていたそうです。

しかし、1999年7月にコンビは解散。

解散した理由は、解散前はコンビ仲が悪かったようで、宮川大輔さんが

「解散したいと思っている」

告げたそうです。

 

その言葉を聞いた星田英利さんも食い気味で

「僕もそう思ってた」

と言いい解散になったそうです。

 

しかし、2016年6月にテレビ東京系のバラエティ番組「これ、もう時効だよね?~今だから聞いちゃいますけど…」に宮川大輔さんと星田英利さんは出演し当時の心境を語っています。

 

番組は解散を先に言い出した宮川大輔さんが、

「あの時ほんまはどう思っていたか聞きたい」

といい宮川大輔さんが星田英利さんに当時の本音を聞きました。

 

星田英利さんは

「解散を望んでるわけじゃないけど、オッケーしないとその後のバランスがおかしくなる。」

 

「説得するにもそれなりの材料がいるし、自分もしんどなる。俺のためにやってくれることになったら大輔にも迷惑かける。そういうところやったと思う」

と当時の心境を語っています。

 

その後は役者業をやりながら、ピン芸人として舞台を中心に活躍していた宮川さんですが、2007年より出演を開始した「 世界の果てまでイッテQ!」の仕事が1つの大きな転機となりました。番組開始しばらくは、視聴率10%を超える程度の平凡な番組だった「 世界の果てまでイッテQ!」ですが、2009年あたりから視聴率15%超えを連発する人気番組へと進化します。

 

「 世界の果てまでイッテQ!」の成功のおかげで一躍全国区の芸人となり、30代後半からレギュラー番組複数本を抱える人気芸人となった宮川さん。20代で人気芸人化することが当たり前の近年では、かなり珍しい遅咲き芸人だと言えます。

いろいろ苦労されたと思いますが、解散した後もそれぞれテレビで大活躍されてますね。

感染症で芸能界引退?

宮川大輔と検索すると「感染症」「病気」のキーワードがヒット。

宮川大輔さんが感染症にかかり病気なのかと調べてみると、感染症になったのは宮川大輔さんではなく、夫婦漫才コンビ「宮川大助・花子」の宮川大助さんでした。

 

宮川大輔さんは宮川大助さんと漢字は違いますが同姓同名のため、混同して検索されたようです。

 

「宮川大助・花子」の宮川大助さんは、2017年2月に「腰部脊柱管狭窄症」という病気にかかり手術をしていたそうで、手術後に感染症にかかり、再手術を受けたそうです。

その後は回復し、3ヶ月後の5月に復帰したそうです。

ゾンビ役で映画出演?

 

「感染症」「病気」というキーワードですが、
「Zアイランド」という映画に出演していた時にウイルスに感染したゾンビ役として登場していた時に検索されたキーワードだとも思われます。

実際の宮川大輔さんは元気に活躍されているので大丈夫です!

嫁は?

宮川大輔さんはチュッパチャップス時代の1997年に結婚されていて、結婚相手のことを「マーコ」と呼んでいます。

マーコさんは一般の方なので情報はあまり出回ってませんでした。

綺麗な方ですね。

嫁は外国人?

この画像を見るからに確かに外国人かも?と思う印象を受けました。

ですが、宮川大輔さんの嫁の本名宮川真紀子さんとのこと。

なので、外国人ではなく日本人のようです。

馴初めは?

当時マーコさんが働いていたクラブに、宮川さんが客としてやって来たこときっかけとなった模様ですね。

とはいえ、宮川さんがその場でマーコさんを口説き落としたなんてことはなく、友人として始まった付き合いとなりました。その後、マーコさんが宮川さんに惹かれていったという経緯を辿り交際がスタートしたそうです。

宮川大輔さんは当時からモテモテだったのでしょうかね?
そりゃ面白いしモテますよね!

現在は「世界の果てまでイッテQ」などテレビで大活躍の宮川さんですが、当時は2カ月無収入だった時期もあったそうで、そういう時期を支えてくれたマーコさんには、未だに感謝の思いを抱き続けているそうです。

ハワイで挙式

芸人として、大活躍し宮川大輔さんだけの収入だけで夫婦が暮らせるようになり
生活も安定した後2009年にハワイで結婚13年目の結婚式を挙げた宮川大輔さん。

その時の宮川さんのコメント

僕がずっと気になってたのが嫁の両親のことで、やっぱり仕事のない芸人に娘を嫁がせるっていうのは、ものすごい勇気がいることだと思うんですよ。反対はされなかったんですけど、それも本当にありがたいことだと思っています。それでお互いの親も高齢になってきたし、そろそろ親孝行をしないといけないよねって話を嫁として、家族でハワイに行って結婚式を挙げたんです。

テレビでもよく見る宮川大輔さんですが、苦労してきた時期があったのですね。
それを支えてくれたマーコさんも素晴らしい方ですね。

子供は?

宮川大輔さんは結婚して13年目の38歳の時に待望の第1子である長男を授かりました。

名前はケンタくん

生年月日:2010年12月2日

ですが子供が生まれる前にも宮川夫妻に試練が待っていました。

出産までの苦労

妊娠中のマーコさんの身に異変が起こったのは、
8ヶ月の定期検診に病院へ向かった日の夜だったそうです。マーコさんの身に起こった異変とは、「前期破水」と呼ばれる症状でした。

 

さらには、プレタームプロムと呼ばれる危険な時期での前期破水だったと思われるマーコさん。

 

2000グラム以下の超未熟児として子供が生まれることすら懸念される危機的状況の中、宮川さんは医者から子供の障害の可能性などの色々な話を聞かされたそうです。

 

結果的には、

未熟児とはいえ障害もなく生まれて来る幸運に恵まれた健太くんですが、高齢出産のリスキーさを象徴するエピソードと言えます。

現在はケンタくんもすくすく成長し、小学校に通う年齢まで成長しました。

小学校は芸能人御用達の一つとして有名な和光小学校に通っているのではないかと言われています。

最後に

色々な苦労を乗り越えて今では良き夫、父親として大活躍中の宮川大輔さん、
今後もたくさんの笑いを提供していただきたいですね!

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